天竜寺の拝観を終え北門から出るとすぐに野宮(ののみや)神社に着きます。
源氏物語では六条御息所が葵上を殺害した後隠棲した地、と設定されています。
現在は学問・恋愛成就・子宝安産などのご利益があると言われて多くの参拝客を
集めています。最近はアジア各国からの訪日客にも人気があるようです。
野宮神社から竹林の間の道を北に進むとJR山陰線の踏切を渡ります。クランク
状に西に向かうと突きあたりが常寂光寺となります。この日蓮宗の寺院はとりわけ
紅葉の名所として知られていますが、元々平安時代の歌人藤原定家の山荘「時雨亭」
があった敷地に1596年・慶長元年に寺院として開山したものです。
いったん今来た道を東に戻り、左に曲がってしばらく進むと右側に落柿舎が現れ
ます。松尾芭蕉門下の芭門十哲のひとり向井去来が晩年を送った草庵です。嵐の
夜に庭の柿の木から実がすべて落ちてしまったことが名の由来となったそうですが
芭蕉が『嵯峨日記』を記した場所でもあります。ただし建物は茅葺でしごく質素な
佇まいが却って趣きを増しています。
落柿舎から北西へ5分ほどで二尊院に着きます。本尊に釈迦如来と阿弥陀如来を
祀ってあることからこの名がありますが、天台宗でありながら浄土宗の開祖法然が
再興したと伝えられ、重要文化財である法然上人像が納められています。伏見城から
移設された総門から本堂への参道は「紅葉の馬場」と言われる紅葉の名所となっています。
このあたりの寺社はみな小倉山の東斜面である山麓に立っています。このため隣り合って
いても直接斜面伝いには行けない場所が殆どです。二尊院のすぐ北側に滝口寺と祇王寺が
あるのですがいったん東側の平地まで降りてから回り込んで登る恰好になります。
祇王寺が手前にあり、そのすぐ奥に滝口寺があるのですが、滝口寺の入り口は少し
わかりづらいかも知れません。
祇王寺は真言宗の寺院ですが『平家物語』のエピソードで有名です。平清盛の寵愛を
受けて華やかな生活を送っていた白拍子(歌舞芸人)である祇王、祇女の姉妹ですが、
やがて清盛の寵を同じ白拍子である仏御前が奪ったため、落飾して母の刀自と三人嵯峨野
往生院のこの地に隠棲しました。やがて清盛の元を離れた仏御前もこの寺にやって来て
四人で仏道に励んだということです。ただし様々な伝説が存在していますので、正直な
ところ史実がどうだったのかは不詳です。まあ嵯峨野のイメージを盛り上げるためには
あまり詮索しない方が良いのかも知れません。